剣聖 上泉伊勢守のゆかりの地を巡ってきた

上泉伊勢守は陰流、神道流、念流などの諸流派を学び、赤城山での修行の後に「新陰流」を見出したとされています。現在、新陰流は柳生但馬守宗厳(石舟斎)らに伝えられ「柳生新陰流」として引き継がれています。

今回は群馬が生んだ剣聖:上泉伊勢守のゆかりの地を巡ってきました。

上泉城跡

上泉城は大胡城の出城であり、親類である上泉氏が在城していました。上泉伊勢守は永正五年(1508)「上泉城」で生誕し、居城していたそうです。

現在は自治会館となっており、城跡の面影はあまりありません。ですが、「無形の位」で袋竹刀を持つ上泉伊勢守の像は一見の価値はあるかと思います。

気になる人は気になるであろう手元のアップ。

おそらく世界に1台だけ?ご当地自販機。

大胡城跡

上泉城は大胡城の出城とのことなので、大胡城にも向かいました。

タイヤの跡があります。しかも結構深い。ウマなどは設置されていないので車で自由に入れてしまいます。さすがに城跡と言えどずかずかと車で入るのははばかられるので遠慮しておきましたが。

本丸跡からは中々年季の入った雰囲気のある屋根の工場が見えました。結構好きです。

視界の良い本丸からは赤城山がよく見えます。

的の進行を遅れさせる枡型門。おそらくここがメインの出入り口と思われます。

大胡城の裏に立派な「大胡神社」があったので寄ってきました。

箕輪城跡

殆どの城は見晴らしのいい場所に作られるものですが、箕輪城は他の城と違って周りから隠すように作られています。大抵の城は地形を見れば「あれは城だな」と分かるものですが、箕輪城はぱっと見ではただの山にしか見えません。

城の敷地は広大で高低差もあり立派です。地図上の掘には水の表記があります。御前曲輪には大きな井戸がありました。榛名山の麓というのもあり、水には困っていなかったのでしょう。

日本帝国陸軍の忠霊塔の前に大きな砲弾が2発ありました。これは本物なのでしょうか。。

鮮やかな梅です。

木々により周囲から隠されている本丸

赤城神社

赤城神社に上泉伊勢守の木像があるとのことなので見に行きました。色々と調べてみたところ、赤城神社が修行の地といういわれは池波正太郎著「剣の天地」が元となっているようです。その小説には上泉伊勢守が赤城神社で修行を重ねた事が書かれているようですが、事実なのかは不明です。

「神宮大麻をまつりましょう」えっ何で大麻?と思うでしょう。今の日本では大麻は違法薬物として忌み嫌う存在とされていますが、大麻の繊維は古来より紙や布の原料として古くから使われており神聖なものとして崇められていました。神道と大麻は切っても切り離せない縁があるんですね。

縮小像とのことですが、正直このディテイルではちょっと無理があるかなと。でも町おこしという観点では積極的に行動することはいいことです。この像の隣に自由に書き込めるノートがありましたが、この像がランドマークとなって、人が集まればそれはそれで活性化して良いでしょう。

上泉伊勢守については謎の部分が少なくなく、実際にフィールドワークで情報収集を試みましたが、ネットで調べられる以上の情報は手に入れられませんでした。しかし、その場に出向き、上泉伊勢守が居たであろう場所に行ったという点ではいい経験になったかなと思います。気持ちの問題ですけどね。

object-fitを使用せずimgをbackground-size:coverのように表示

IEはobject-fitに対応していませんので、positionとtransformのあわせ技でimgをbackground-size:coverのように表示させてみます。

.object-fit {
position: relative;
width: 100%;
height: 0;
overflow: hidden;
padding-top: 56.25%;
}
.object-fit img {
position: absolute;
top: 50%;
left: 50%;
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min-width: 100%;
min-height: 100%;
width: auto;
height: auto;
transform: translate(-50%,-50%);
}

imgの親要素.object-fitの高さをheightではなくpadding-topで横幅との相対で取る事によって、比率を維持したまま伸び縮みします。
16:9で表示したいのなら56.25%

1:1正方形なら100%と指定します。

ハブボルトにはモリブデンの粉を塗っとく

自分は洗車時には、毎回タイヤを外して下部を洗うようにしているため、ボルトの着脱を頻繁に行っています。

ボルトの着脱を繰り返しているうちに、または路面からの振動を受けているうちに、摩擦による金属疲労と腐食(フレッチングコロージョン)が起こり、徐々にボルトが弱くなっていくものです。

そこで、ボルトへの負荷を軽減するために、自分はモリブデンの粉をハブボルトに吹くようにしています。

ここで重要なのはグリスが配合されていないスプレーであることです。もしグリス配合のものをハブボルトに塗ってしまうと、同じだけの力で締めてもオーバートルクになってしまい、ハブボルトが傷み本末転倒になってしまいます。

こちらスプレーではモリブデンの粉のみを吹くことができるので、オーバートルクになることなく、安定性が高く硬質なモリブデンの粉によってボルトの保護ができます。

ハブボルトは安全に関わる重要なパーツなのでこのようにちょっとした工夫で長持ちさせるといいでしょう。

ジムニーの左のヘッドライトが切れた【極栗3200Kの寿命】

言われるまで気づかんかった。。。

左のヘッドライトが切れてポジションしか付いていない状態です。

取り外したバルブを見てみるとロービームのフィラメントが切れているのが分かります。

両方交換しました

純正のバルブを引っ張り出して両方とも交換しました。理由としては片方が切れたらもう片方も切れる可能性が高いことと、球が異なれば掛かる電圧も異なるため、どちらかの球に負荷をかけてしまいます。

純正に戻したら光軸が上向きになってしまいましたが、とりあえずレベライザーで下げて応急処置をしました。暇があったら光軸調整します。バルブ交換の際には必ず光軸がずれますので必ず調整しましょう。

ハロゲンヘッドライトが片方切れても割と気づかない

ヘッドライト切れですが、全く気づきませんでした。ハロゲンはカットラインが曖昧なので片方切れても分かりづらいというのもありますが、一番驚いたのは片方だけでも運転に差し支えないということ。片方切れたら明るさ半減かと思いきや、実はそんな暗くならない。

そういえば一昨日あたりハイビームにしたとき一瞬フラッシュしたように見えたけど、きっとその時切れたんだろうなぁと思い出しました。

明るさを謳っている社外バルブの寿命はこんなもの?

ちなみにこの球はIPFの極栗3200Kです。ロービームを広い範囲を明るく照らしてくれて優秀なハロゲン球です。
しかし寿命は2年ほどでした。明るさを謳っているハロゲンの寿命はこんなもんなのでしょうか?

パッケージの裏をよく見たら「明るさを追求するために純正球と比較して寿命が短くなっております。」と書いてありました。純正と同じ電圧、同じようなフィラメントで155/195Wクラスの明るさを発揮させるためには少し無理させているのでしょう。

社外ハロゲンバルブのコスパは微妙

この製品は良い製品なのですが、価格が6000円と考えるとちょっとコスパに合わないかなと思いました。明るいと言っても車検が通る範囲での明るさなので限界があります。となると、次に重要なのは寿命となりますが、その寿命が2年となるとやや割高感があります。

次からはモノタロウの2個で518円のバルブでいいかな。最近のバルブではまず無いとは思いますが、頻繁に切れるようだったらIPFのLEDを検討します。

videoをbackground-size:coverのように表示する

16:9のvideo要素をbackground-position:center 0;background-size:cover;のように表示する方法。

常時は横幅100%で高さは成り行き表示にしておいて、メディアクエリのmax-aspect-ratioで16:9未満になった場合に、天地100%の横幅成り行きにする。

その時に、left:50%; transform:translateX(-50%);でセンタリングをするのがミソ。

video {
position: fixed;
width: 100%;
height: auto;
z-index: 0;
}
@media (max-aspect-ratio: 16/9) {
video {
width: auto;
height: 100%;
left: 50%;
transform: translateX(-50%);
}
}

赤城山 茶屋の鉄道跡地

赤城山へは16号線は冬季通行止めなので4号線で登りました。道は若干雪が残っており、日陰は凍っている箇所がありました。スピードを出さなければ夏タイヤでも危なくはありません。

大沼は凍っていてワカサギ釣りでにぎわっていました。

アイスバブルも見えました。

赤城山頂駅跡

アイスバブルも見た所でいよいよ本題です。

赤城の大沼を過ぎて70号線と16号線が交わったドンツキに「赤城山頂記念館サントリービア・バーベキューホール」というレストランがあります。その建物の裏手に鉄道跡・駅跡があるのですが、最近まで知りませんでした。

この中々趣のある古い建物がかつての山頂駅です。

ここが乗降口でしょう。だいぶ朽ちていますが、雰囲気が残っています。

駅の建物をまじまじと見るといつ崩れてもおかしくないほどの朽ちっぷりです。どこかノスタルジックでどこか儚い雰囲気が漂っていてたまりません。

ドラ○もんに「人間出没中」と書かれたちょっと意味が分からない看板が独特な世界観を表しています。

利平茶屋駅と赤城山頂駅を結ぶ赤城登山鉄道は、1957年から東武鉄道により、運航が開始されました。 赤城山の観光開発が目的でしたが、わずか11年後の1968年、廃止となりました。 山頂駅は「赤城山頂駅記念館サントリービア・バーベキューホール」として営業していますが、今年になって国の登録有形文化財に指定されたことから、再び脚光を浴びています。 山頂までの高低差は360メートル。約900段の急勾配の石段は、格好の廃線歩きのコースになっています

Googlemapのコメントより

登録有形文化財に指定されたというのは適用範囲はどこまでなんでしょうね。ぜひともこの山頂駅の建物もなんとか保存してほしいものです。

古い案内板によると、赤城山は古来から山岳信仰として崇められており、ここから300mほど下ったところに御神水と呼ばれる湧き水があるそうです。御神水で身体を清めると無病息災とのこと。きっとHPが全回復するのでしょう。今回の装備ではこの雪のある急傾斜を下るのは危険なので御神水は次回ということで。

利平茶屋駅跡

次に向かったのが麓の駅「利平茶屋駅跡」です。

遠回りになりましたが、いったん赤城山を下りて桐生のほうから登りました。

現在は利平茶屋森林公園というロッジがあります。ここには夏場に一度来た事があるのですが、その時は結構家族連れでにぎわっていました。

冬場は営業していないので閑散としています。

ロッジを登っていくと開けた場所「ふれあい広場」が現れます。どうやらこの大きな東屋が利平茶屋駅跡のようです。

乗降口らしき階段が見えますね。辺りに木が生えてしまっていて、廃線からの時間経過が感じられます。Googlemapのコメントによると廃線は1968年なのでちょうど半世紀経っています。

自然に飲まれそうになっている人工物が放つ魅力。なんだか今にもタイムスリップしそうです。

廃線歩きとみられる足跡が二人分ありました。物好きはどこにでもいるんですね。(お前が言うな)

次回はちょっとハイキングして御神水を頂いてきましょうかね。

 

あと赤城山に「 竹久夢二登山展望の地」という碑があり、竹久夢二とは誰なのかと調べてみたらちょっと興味が沸いたので伊香保にある記念館にも行ってみようかなと思っています。

伊香保 観光なら竹久夢二記念館(大正ロマンの森)

JollyLook シャッターゴムの取替え シャッターが完全に落ちない問題を改善

JollyLookのシャッターにはゴムを使用しているので紙との摩擦によってシャッターが完全に落ちないという問題があります。シリコンスプレーを吹いて対処していましたが、先ほどゴムが切れてしまったため、シャッターゴムの交換とシャッターが落ちるように対策を施してみます。

シャッターゴム交換の手順

シャッターの錘を抜き、シャッターユニットからガイド(ピアノ線のようなもの)を外します。シャッターユニット下部にゴムが見えると思いますので、それを外します。次に、シャッターボタンを押しながらシャッターを引き抜きます。

ピンボケ失礼。取り出したシャッター下部に替えゴムを引っ掛け、表裏を気をつけてシャッターボタンを押しながら本体に戻します。

シャッター完全に落ちきらない問題の対策
このゴムが引っかかってる部分がシャッターユニット内部に摩擦を発生させてシャッターが落ちづらくなっているので、ここにガムテープを貼って隠します。

元のように、ベロの部分とシャッターユニット本体側にもゴムを引っ掛けて完成です。

シャッターを上げると、ゴムの部分がちゃんとガムテで隠れています。

今までのシャッター音が「パスッ…」だったのが「スパン!」というような力強い音になりました。これでシャッターが落ち損ねる事はなくなりました。

パニック症の発症から克服まで

自分は18歳の時にパニック症(パニック障害)と診断され、現在は幸いにもほぼ克服できました。そこで、克服までの道のりやパニック症を抱えている方へヒントを与える事ができればと思って記事を書きます。自分の経験と自分なりの考えですが、参考になれたら幸いです。

不安に襲われた日

あの日は忘れもしません。2012年3月2日の夕方の事でした。夕食前にリビングでテレビを見ているときでした。

たしか2日後に高校のスクーリングがあり、面倒だけど絶対に出ないと単位が取れないなと焦っていました。単位が取れなかったら1年やり直しになりますから、当時の自分としてはそれなりに切羽詰まっていました。当時の自分の価値観としては1年の出遅れは相当な痛手と思っていたのです。今思えばどうでもいいことなんですけどね。

不安の津波

そんなこんな思っていたときです。文字では表せないほどの大きな不安が襲ってきました。例えるなら”殺される寸前の人”が感じているそれといった所でしょうか。殺される寸前の人の気持ちは分かりませんが、それと同等の不安と恐怖を感じていると思います。

不安が不安を呼びますます不安が増大していきます。いてもたってもいられず、苦し紛れに廊下に出ました。軽い頭痛を伴いながら猛烈な不安に襲われ、足の裏が地に着いていないような感覚がします。それと同時に猛烈な閉塞感を感じ、これまた苦し紛れに家の外に出ました。

一向に不安は増すばかりで、頭痛薬を少し多めに飲んでみました。多少は誤魔化せたかもしれませんが、その後も不安の波にのまれていました。

トラウマ化

「いったいどうしてしまったのだろう。待てよ、この感覚は過去に何度か経験した事あるぞ。」授業か何かでスピーチをしたときや、授業中に同じような不安に襲われた経験があったのです。

しかしその時はその場限りで不安は治まっていました。そこで気づいたのです。不安がトラウマ化してしまったんだと。「また不安になったらどうしよう。」と不安になってしまう予期不安と呼ばれる症状です。

ほとんどの心療内科は1ヶ月待ち以上

一晩寝て次の日の朝起きたら、思いのほか頭はスッキリしていました。しかし、発作が起きた夕べの事を思い出したとたんにまた不安に襲われました。これはダメだと思って母親に心療内科に電話してもらったところ、1ヶ月以上待ちという所だらけでした。

さらに、20歳未満は診てくれないという謎ルールがある心療内科が結構あるんです。幸い少し遠いところで1件だけ3日後くらいに予約を取れるところがあり、藁にもすがる思いでそこを予約して行きました。

いざ心療内科へ

人生で初めて行った心療内科のロビーは患者が多く、常に会計待ちの人でいっぱいの総合病院のロビーと大差ありません。何より患者数の多さに驚きました。

初診だったので時間をたっぷりとってくれて色々と聞かれました。診てくれた先生は結構若い人で事務的な印象だったのが不安でした。当時の診断結果は「パニック障害」でした。
最近は「パニック症」に改名されたようですね。症状の程度は色々あるので厳密には障害とは言い切れず、患者への配慮もあり、「障害」から「症」になったそうです。

最初に処方された薬はパキシルのみでした。いわゆる選択的セロトニン再取り込み阻害薬というもので脳内のセロトニン濃度が下がらないようにする薬です。1週間飲みましたが、自分の場合は症状は全く改善しませんでしたし、副作用も全くありませんでした。

次に追加で処方されたのがコンスタンという薬でした。これはベンゾジアゼピン系の不安薬でこれは抜群に効きました。不安時に飲むのですが、30分後には不安はなくなります。副作用としては、少し注意力が鈍ることです。といってもそんなにひどい訳でもなく、寝起きにニュースを見ながらコーヒーを飲んでいるときの脳が目覚めきっていない時くらいの感覚です。

パニック症の症状

具体的にパニック症の症状を例に挙げます。

不安の発作

突然不安が発作的に襲われます。タイミングは様々で、小さな不安を感じてそのまま大きな不安になって発作というパターンや、何の前触れもなく不安発作が起こることもあります。人によっては発作が起きやすい時間帯があったり、季節の変わり目悪天候時などに発作が起こる可能性が高まります。

予期不安

不安の発作は恐ろしいものです。自分の意思とは関係なく、生物としての根本的な機能である恐怖が暴走するのですから。「また不安になるかもしれない」と不安に対して不安になることが予期不安です。

広場恐怖

広場恐怖というと広い場所というようなイメージで語弊がありますが、正確には「逃げる事ができない場所での恐怖」といいましょうか。

例えば、エレベーターの中、レジの行列、人ごみ、高速道路、渋滞など、直ぐに逃げられないと感じると不安が起こり、そのまま発作に陥るというパターンが多いです。それを予期不安することで広場(逃げられない場所)に恐怖を抱くのです。

抑うつ感

不安に支配されている状態では全ての行動に制約がかかり、不自由を味わいます。なんで普通にできないんだろうと憂うつになります。

 

そのうちに調子がいい時までも、どうせ直ぐに不安になるというのになんで調子良くなってるんだろうなどと思うようになってしまいこともあります。調べてみると、パニック症はうつ病も一緒に発症するケースが割りとあるようです。

自分の場合はひどい時は抑うつ感はありましたが、幸いうつ病までには至りませんでした。

パニック症の原因は?

パニック症の不安発作が起きる前の生活習慣を振り返ってみると、不摂生をしていることを思い出しました。


当時、通信制高校に通っていた自分は2週に1回のペースでしか通学がなく昼間は殆ど引きこもりでした。当時やっていたバイトは夜勤だったので夜遅くまで起きて、昼間はろくに太陽の光を浴びないという毎日。食生活はファーストフードやジャンクフードばかりを食べていました。不安発作が起こった当時は2週間ほど晴れ間がなかったため、様々な要因が重なってしまったんだなと思っています。

心療内科の先生に患者数は増えているのかと聞いてみた所、やはり年々増えているらしく先生曰く「ストレスの多い社会だからね」との事。しかしこの答えには違和感を感じました。なぜならストレスの感じ方は相対的なもので、なんだかんだいつの時代もストレスの相対量は同じだと思うのです。しかし患者は順調に増えている。これは何か根本の原因があるのでは無いかと思いました。

その後、栄養学に詳しい方と話す機会があり、近年の栄養事情を教えていただいた際に、鬱などの精神疾患は栄養失調が原因である可能性が高いという話を聞きました。

パニック症を患う前の生活を振り返ってみて確信しました。確かに栄養失調だったと。しかも運動不足だったし日光も不足していた。

本来人間の体というのは自律的に正常に動作するように設計されています。なので、ある日とつぜん精神だけが壊れてしまうなんて事はまず無いはずです。人間に何らかの不具合が起こる際は殆どが外的要因によるものであり、外的要因としては遺伝や過度なストレス、以外と盲点かもしれませんが栄養失調も大きいのです。

克服できました

同じくパニック症を患っている人に「パニック症って良くなるの?」と聞かれたことがあったので自信を持って答えましょう。良くなります。

治ると言い切りはしません。というのも治る治らないの定義が難しいのです。自分は一度、パニック発作という恐怖を覚えてしまった以上、ある一定の負荷が掛かれば不安の波に飲み込まれると思います。いわゆるトラウマ状態ですが、トラウマが病気かと言ったら、そうでない場合もあるしPTSDと呼ばれる場合もあります。要は程度の問題なのです。パニック症では不安発作の程度を軽くし、病気でないレベルにまで回復する事が克服するという事ではないかと思っています。

今の自分にはパニック症になる以前の自分より不安の耐性が上がっている自信があります。RPGで例えるならば、毒を食らっている状態がパニック症にかかった初期の頃だとしたら、今の自分は体力の最大値が上がった状態とでもいいましょうか。さらに不安に対処するスキルまで備わっています。

何度も何度もパニック発作を食らっているとだんだん対処が分かってくるのです。そこで自分なりの対処法を書きたいと思います。やっている事はものすごく簡単ですので、「そんなの気休め以上の効果ねえよ」と思うかもしれませんが(自分も当時不安の対処法をググリながらそう思っていた)とにかく参考にしてください。

症状を認める

自分がパニック症と診断された当時は、自分がパニック症であることを疑っていました。頭では分かっているつもりでも心の底から信じられず、自分に限ってそんな事はないというバイアスが中々取れなかったのです。その状態では「自分はパニック症ではない」という理想と、パニック発作に襲われる現実とのギャップによって余計に辛い思いをしてしまい、一向に良くなりません。

克服に一歩近づくためには、まず自分がパニック症であることを認め、自分を労わってあげましょう。

栄養を取る・生活習慣を正す・運動習慣を付ける

精神的な不具合は基本的には自律神経の乱れであり、乱れには全て原因があります。先に挙げた栄養失調、日光不足、運動不足、睡眠不足、生活習慣の乱れなどですが、自分の環境を思い返してみてください。ちゃんとご飯は食べていますか?運動はしていますか?

パニック症に限らず、心を病んでいる方には絶対に不摂生があると思います。

自分は以下の事を実践してみました。

  • 起きる時間、寝る時間、食事を取る時間を大まかに決める
  • 栄養をバランスよく取る(食欲がない場合はサプリメントなどを利用する)
  • 朝起きたら太陽光を浴びる。
  • 運動をする(軽いウォーキングで十分)
  • 無理しない

以上のことだけ意識するだけでずいぶんと心が楽になります。「そんなの気休めだろう」と思うかもしれませんがこれが本当なんです。これを実践して調子よくなった経験から、いかに不摂生にやられていたのかが良く分かりました。

不安・ストレスを遠ざける

もし明確な不安やストレスがある場合は、遠ざける努力をしましょう。

極端な例ですが、仕事が辛いなら仕事を辞めるとか。人付き合いがストレスなら人付き合いを避けるとか。ストレスの貯蓄量が多いと不安の耐性も下がります。ともかく不安を根本から避ける事は重要です。なぜなら、不安は真っ向から立ち向かっても敵わないようにできているからです。世の中の全ての生物は不安によって危険を回避し、今を生きています。不安に敵わないのは当たり前なのです。

パニック症というのはその不安という機能が正常に動作しなくなった状態ですので、不安を真っ向から相手にするよりも逃げる方向に努力をした方が賢明です。

もし不安発作中に入ってしまった場合は、不安から逃げる事はできません。辛いでしょうけどコンスタンなどとんぷくの薬を飲んで発作がおさまるまでじっと耐えましょう。
それでもネガティブになる必要はありません。今回はだめだったけど次発作が起こりそうな時に遠ざけてやろうと思ってください。

呼吸で自律神経をコントロール

人間は交感神経と副交感神経を意識的にコントロールすることはできませんが、唯一間接的にコントロールできる要素があります。それは呼吸です。

息を吸うときに交感神経が働き、息を吐くときに副交感神経が働きます。
余談ですが「ため息」は副交感神経を刺激させてリラックスするために無意識に行う脊椎動物特有の行動です。うちの犬もため息をつきます。

不安を感じているときは呼吸が浅く速くなっているはずです。複式呼吸だの難しい事は言いませんので、呼吸は穏やかに深くゆっくりする事を意識しましょう。

呼吸を意識的にコントロールすれば、交感神経と副交感神経を間接的にコントロールでき、また間接的に心もコントロールする事ができるのです。そこまで至るのには熟練が必要ですが不可能ではありません。

最後に

自分はパニック症と診断されたあの日からそろそろ7年たちます。これだけの年数抱えていると、もう不安に慣れてしまうものです。

ここまでいったら発作になるなという限界点が分かり、それを前提にした行動を取る事ができます。初期の不安では呼吸をコントロールすることで抑える事ができるようになりましたし、発作中に抑えられるくらいまで不安のコントロールが上達しました。最初の頃は「どうしようかどうしよう」と不安に流されるままで、初期の小さな不安ですら恐ろしかったものですが、今では「ああこれなら大丈夫」くらいしか思わなくなりました。

何もかも手探りで、コツなどはありませんが、パニック症と向き合い正しく付き合っていくことで、ここまで克服できるということを言っておきます。

自分はパニック症に感謝している部分もあります。パニック症のおかげで色々な経験をしましたし、価値観も広がり、不安のコントロールの術を学びました。おそらくパニック症を経験していなかったらもっとポンコツな人間だったに違いありません。もしかしたら、あの頃のポンコツな自分への贈り物だったのかもしれません。

ここまで一患者の例ではありますが、こんな人もいるよと思っていただければこの記事を書いた甲斐があります。

HUAWEI P20 liteを購入 FREETELからLINEモバイルに乗り換え

手元のスマホが全滅したので、ファーウェイで安いスマホを買おうと思って選んだのが「HUAWEI P20 lite」。お値段は2.4万円。

 

スペック

  • CPU:HUAWEI Kirin 659 オクタコアCPU (4 × 2.36GHz + 4 × 1.7GHz)
  • OS:Android 8.0 Oreo / EMUI 8.0
  • ディスプレイ:約5.84インチ FHD+ TFT, 2280×1080ピクセル
  • メモリ:RAM 4GB / ROM 32GB
  • メインカメラ(ダブルレンズ):約1600万画素+約200万画素 像面位相差AF+コントラスト AF
  • インカメラ:1600万画素,FF
  • バッテリー容量:3000mAh (一体型)

指紋・顔認証サポート

セキュリティとしては指紋認証をサポート。さらにiPhoneXでおなじみの顔認証までもサポート。たった2.4万円にも関わらずこのスペック。自分のようなライトユーザーからしてみたら10万円クラスのiPhoneと機能・デザインともに遜色ありません。追記:カメラがくそ雑魚だった

充電端子はUSB Type-C採用

技術革新を感じたポイントは充電端子。以前のAndroid端末はmicroUSBで表裏があってわずらわしかったのですが、P20 liteの充電端子はリバーシブルなUSB Type-Cを採用しています。

FREETELからLINEモバイルに乗り換える

FREETELは去年末に自己破産をしてMAYA SYSTEMと楽天モバイルがサービスとブランドを引き継いでいますが、料金が改定されたり、自分の手元のスマホでデータ通信ができなくなったり不都合があったので、現在熱いLINEモバイルに乗り換えようと思った次第です。

FREETELの月額料金は2200~3600円でしたが、LINEモバイル(音声+SMS+データ1GB)にすると1200円になるようです。しかもLINE無料。自分は外出先ではGooglemapかLINEしか使わないのでこれくらいがちょうど良いですね。

1.FREETELのマイページからMNPを発行

FREETELのマイページ→「お問合せ」→「MNP予約番号の発行」から申請すると、数分後にメールにMNP予約番号が届きます。
自分は2年以上(13ヶ月以上)利用していたので発行手数料は2000円でした。

2.LINEモバイルHPで申し込み

ウェブサイトから申し込むボタンを押します。アマゾンで本体とセットで購入した為「LINE MOBILE エントリーパッケージ」という紙が手元に届いているので、そこに書かれたエントリーコードを入力しました。

申し込みには全部で7ステップあり、最初のステップでは回線、プラン、SIMの形状などを選択します。HUAWEI P20 liteはnano SIMです。惰性でドコモ回線にしてしまいましたが、ソフトバンク回線の方が混雑時など強いようです。

その他、必要事項を記入し、免許証や保険証などの本人確認資料のスキャンかカメラ画像を添付して受付完了です。特に問題なければ2,3日後にSIMが届きます。

3.HUAWEI P20 liteのAPN設定

SIMが届いたら本体に差し込みます。

APNは以下の設定を行うのですが、プラグアンドプレイでLINEモバイルを認識してくれました。

名前:任意の名前
APN:line.me
ユーザ名:line@line
パスワード:line
認証タイプ:PAP または CHAP

次に利用開始手続きを行います。マイページから「利用開始手続きをする」ボタンを押します。申し込み後数分~1時間以内で開通完了とのことです。1時間たっても回線に繋がらない場合は本体を再起動してみましょう。利用開始手続き後は古い方の端末は利用できなくなります。

無事につながりました。

<20211125追記>購入から3年近く経ちますが、バッテリーが優秀です。一昔前のバッテリーであれば、2年経てばほとんど使い物にならない感じでしたが、このバッテリーは3年近く経過するのにも関わらず、容量低下を全く感じません。今の時代のバッテリーはこんなに優秀なのかと驚きました。動作の方はさすがにもっさりしてきましたが、自分の使い方ではまだまだ使えます。