映画「空の青さを知る人よ」の聖地へ行ってきた

雲海を見に行ったつもりだったのですが、ついでに聖地巡りをしてきました。

この日は当たりだと思ったのですが、思いのほか空気が乾燥しており、少しもやが出たくらいでした。ですが、朝日と照らされる街は奇麗でした。

黄色くなり始めたイチョウ並木もなんとなく撮ってみました。

日の出を見た後に車の中で仮眠をとっていたら物音がするので見てみたらカラスがいました。死んでるとでも思ったのでしょうか。

音楽堂。この休憩室と裏手の階段がPVに出てきます。

スマホを持ちながら泣いているシーンは多分この辺り。

あかねが座っていた階段。実際に座ったら汚れそう

PVにこんな感じの絵があったので適当にとってみました。多分全然違う場所。

「あかね」がジムニー乗りで驚きました。しかもJA11で社外ステアリングに換えてあって渋すぎます。

JB23ですが同じような場所で写真を撮ってみました。

ダムからの画。PVには紅葉した山が映っています。

ダムの食堂にはポスターが貼ってありました。

歴史文化資料館

秩父神社 御旅所

あかねが務めている秩父市役所。
昭和を感じる建物がたくさん並ぶ中でこの市役所と資料館だけが豪華な作りで浮いている印象でした。
この日は歴史文化資料館は選挙の投票所になっていたようなので入りませんでした。

西武秩父駅

ついでなのであの花でおなじみの羊山公園も行ってきました。日の出を見たミューズパークの向かいですね。秩父を一回りして思いましたが、四方が山に囲まれており、そんなに広くなく箱庭感がありました。「井の中の蛙大海を知らず」が映画の一つのテーマであるため、実際にこの場所に来ると登場人物たちの気持ちを感じ取れるかもしれません。

ちなみにまだ映画は見ていないんですけどね。

磯山弁財天

293号線を通るたびに気になっていた山の中腹あたりに建つ宮を見てきました。

蛇を祀っている宮のようです。弁天様と大蛇の関係は金運つながりですかね?この宮の裏手に回ると大きな岩の割れ目があります。おそらく、ここに大蛇が住んでいるということで、この岩の割れ目がご神体なのでしょう。

並木道が293号線。なかなかのどかなところですね。ここは昔から景色が変わりません。

しばらく使っていなかったジャッキの箱を開けたら・・・

スイフトのエンジンオイル交換のために久しぶりにフロアジャッキの箱を開けたらミッキーが2つ蜘蛛の子を散らすように出てきました。

中はこんな感じに段ボールがぐちゃぐちゃになっていました。そして漂う昔飼っていたジャンガリアンの小屋のにおい。

出入口はここのよう。よくできてるなぁと感心しました。

野良猫が多い地域なのにネズミたちも必死に生きてるんだな。

合気道の聖地 岩間へ行ってきた (茨城県笠間市)

合気神社

合気神社は植芝盛平翁によって昭和17年に建立された合気道に関する唯一の神社です。毎年4月29日の例大祭には世界中から大勢の合気道関係者が訪れます。このような場所へ車でたった1時間半で行ける自分は非常に恵まれています。

今はどうなのか分かりませんが、かつては内弟子達が毎朝武器技の稽古を行っていました。何時行っても境内は隅々まで竹箒の跡があり、手入れが行き届いています。

岩間駅

岩間駅は合気神社と茨城道場の最寄駅です。かつてこの場所は岩間町と呼ばれていましたが、現在は合併によって笠間市となっています。岩間駅前には開祖の胸像があり、大通りには開祖の言葉と写真が載っている石碑が建てられています。

滝入不動尊

斉藤守弘先生がここで滝行をしていた画像を何かの雑誌で見たことがあります。この滝は愛宕山の麓にあり、静かで涼しい場所です。

ちなみに、この滝の近くには斉藤守弘先生の実家があります。珍しくGoogleマップに載っていないので知る人ぞ知る場所といえるでしょう。

意外や意外、あんなに世界中から慕われている凄い先生だというのに実家は平屋で非常に質素です。ミニマリストという感じでカッコいいです。

愛宕山

どこかで見た動画で開祖が長い階段を登っているシーンを見かけました。あの階段はどこかと探して見た所、確信はできませんが、愛宕山にある愛宕神社の階段の可能性が高いです。

”女人禁制”とのこと。

しかし非常に長い。段数は数えませんでしたが、300はあるでしょうか。

愛宕神社境内からの眺めは最高です。

愛宕神社の裏に駐車場があり、小じゃれた東屋あるのですが、「恋人の聖地」と書かれたプレートが貼ってあったのを発見しました。
女人禁制の山で「恋人の聖地」を謳うのもどうなのだろうかと思いますが。

今回はこの辺で。

アンテナに雷が落ちました

この日は夕方ごろから雷が鳴っていた。

突然鳴り響く轟音

22:30頃、布団でうとうととしている時、突然耳を劈く轟音が響いた。「ドガゴゴーン」

半分寝ていた自分ですら相当大きな音に聞こえたのだから相当近くに落ちたのだろうと思っていた。そのとき、鳥肌でもなんでもないのに左腕の毛が逆立っているのを感じた。

翌朝、テレビがつかない

翌朝、テレビをつけようとしたがテレビがつかない。PCのモニターも一つ映らない。EMPでやられたのだろうか。

アンテナを見ると黒こげで玄関先にアンテナの部品が落ちていた。夕べの雷はアンテナに落ちたのだろう。

今回が初めてではない

雷が落ちたのは今回が初めてではなく、2015年は電線に落ち、電化製品の殆どが壊れた。2009年ごろにも近所に落ちて漏電ブレーカーが落ちたことがあった。2006年ごろには家の前の電信柱に落ちたのを祖母が目撃していた。どうやらここは雷が落ちやすい場所のようだ。

雷は落ちやすいのだが地上波放送の電波は入りづらく、雷が落ちた同アンテナは、2014年頃、地上波放送の映りが悪いために家の屋根にさらに2mほど高くアンテナを設置したものだった。当時、自分と父は絶対に雷が落ちると反対していたが、テレビを快適に見るためにはこの方法しか無かったため、仕方なくアンテナを設置した。周りにはこのアンテナよりも高いものがあったため、そんなに気にする事は無いだろうとは思っていた。今朝までは。

一刻も早くアンテナを降ろして、二階のバルコニーあたりに付け直そうと思う。映りに関しては素子数の多いアンテナにブースターをつけて調整して何とか映ればいいが。もしアンテナの線が焼けていたらその修理費も掛かる。あまりにも酷いようであれば、いっその事テレビを見るのをやめようかとも思っている。

二度の落雷で生き残っているLGモニター

現在、自室にはBenQとLGのPCモニターがある。BenQの方は液晶が付かなくなってしまったが、LGの方は問題なく動作している。2015年の落雷の時はiiyamaのモニターとこのLGのモニターだったが、そのときはiiyamaのモニターが壊れたがLGは壊れなかった。2度の落雷で生き残っているLG製品に少し関心している今日この頃。次はLGのモニターを買おう。

湯殿山神社を登ってきた

これも前から気になっていた山。この山の尾根には送電線の鉄塔があって、小さい頃は「あの鉄塔が生えてる山の向こうには何があるんだろう」なんて思っていた。

車でいけるところまで行くと無機質な鉄骨造りの神楽殿があった。碑文によると老朽化に伴い平成22年秋に建て替えられたそうだ。

彦谷の神楽

当市葉鹿町彦谷に現存する神楽は明治28年当時、当地松島竜三郎氏ほか20数名によって始められたものだと言われております。この人達は毎晩師匠の所に通って厳しい練習をし、昼は農作業の合間、桑の枝を折って採り物として田甫(たんぼ)の中で練習をしたほど情熱を燃やしていたそうです。湯殿山神社をはじめ日枝神社、篠生神社、熊野神社、遠くに赤城神社まで出向いて奉納したそうです。鹿島香取、岩戸開き玉取姫などをはじめ、多くの曲目を現代に伝承されている里神楽であります。

彦谷湯殿山について

山形県にある出羽三山は、伊勢、熊野と並ぶ三大霊場のひとつ、古来修験道の本場として有名な霊場として、羽黒山には出羽神社、月山頂上には月山神社、湯殿山には湯殿山神社が祀られているが、湯殿山山頂にある湯殿山神社は社殿がなく、赤紫色の巨岩がご進退である。羽黒山の出羽神社が、三山の神を合祀して三神合祭殿となっている。出羽山神社までは日時と経費がかかり、誰もが気楽に産廃に出かけることはできなかったため、彦谷村の有志の働きかけで地元彦谷村に湯殿山神社を合祀し、三神合祭殿として祀り、後刻北条家内安全の守り神として、誰もが簡単に産廃ができる様になった。

神楽殿の裏の階段が登山口です。

最初は歩き易かったのですが、中盤から岩場に変わり、この日は雨だったので非常に滑りやすかったです。

霧の中にうっすらと浮かび上がる鉄塔はまるで中に浮いているようでした。昔の人は低解像度の美しさを幽玄と表現したそうな。

しばらく登ると石垣が見えてきました。山頂のようです。

恋愛成就のご利益があるそうで。語る無かれ、聞くなかれと言われていた為か謎に包まれているというのがミステリアスでひきつけるものがあります。ご神体から湧き出た水を「おあか」と呼ぶのは、サンスクリット語のargha(アルガ)が由来とされ、arghaとは仏教において仏前などに供養される功徳水のことを差します。ちなみに赤城山は水源として重宝されたことから水を意味する「赤」が名前に加わった説があるとか。

天気の子を観てきました

(映画が始まる前に京都アニメーション制作の映画の予告が2つあったのですが、あれってどうなるんだろう。。。)

本日ムービックスのサービスデーで安かったので、新海誠の新作「天気の子」を観て来ました。個人的な感想をつらつらと書いていこうと思います。ネタバレ注意です。

ストーリーのコアの部分を短くまとめると、

居場所を失った家出少年が、天気を操る不思議な力を得た少女と恋に落ちる物語。

天気一つで人の感状というのは変わってしまうものです。梅雨時期のような毎日続く雨の日々に、少しでも晴れ間が出た時には、ちょっと幸せな気分になるでしょう。そんな感状が表現されていて共感できました。相変わらず光や水の描写も凄く綺麗で、映像に見とれてしまいました。前作「君の名は。」の瀧くん、三葉、四葉、勅使河原カップルも友情出演していて「おっ」となりました。また、物語の設定にはたくさんの民俗学的なエッセンスが組み込まれていて説得力がありました。

しかしながら、動機が曖昧な部分や、演出目的だけの複線が多々あって、肉を落とすとそんなに深いストーリーではない感じが否めませんでした。特にトカレフを出した意味・・・おそらく強大な力というメタファーのためと、後に警官に追われることになる因果のためとは思いますが、その銃が重要なキーになるわけでもなく、ただの演出だけの印象でした。それは片方の手に掛けられた手錠しかり。物語り中盤から終盤に現れた渋いリーゼント刑事は、クライマックスで主人公を追うためだけに現れたモブにすぎなかったというのも勿体無い気がします。結末もなんだか微妙で、主人公が鳥居で祈るだけで、人柱の巫女となった少女の元へ行くことができ、尚且つ悪天候と引き換えに連れ戻す事ができたというのもやっつけ感が否めません。そもそもなぜ少女は病院を抜け出し、鳥居へ向かったのか。。

『「観測史上初」という言葉はいつからか、せいぜい200年程度だろう。この絵は800年以上前からある』というような話を老人がしており、天気は所詮気まぐれに過ぎないようなニュアンスの話がありました。これをこの物語の答えとして、少女の力や不思議な現象は実は全て幻想的な表現であり虚構であるとしたら、捉え方は変わってきます。拾ったトカレフを発砲して警察に追われる事になった家出少年と、親を失ってバイトで生計を立てている少女のボーイミーツガールの作品と捉える事ができるでしょう。

最後に須賀が少年の言葉に感化され、手錠を掛けようとする警官に体当たりをして少年を逃がし、夏美がピンクのバイクで少年を乗せて疾走するシーンは、少年の「彼女に会いたい」という純粋な気持ちに周囲の人達が強く心を動かされての行動であり、少年の彼女への強い気持ちを感じると同時に、”絶対的な力への対抗”というカタルシスがありました。

居場所を失った少年と親を失った少女は、お互い感化されることによって成長し、それに感化された周りの人も成長して行く、「天気の子」はそういう物語だと思います。

傷口は消毒してはいけない

最近知ったのですが、傷口は消毒しない方が早く治るようです。どうやら15年以上前から言われてる事らしいですね。

 「創傷は消毒しない」夏井氏、登場【臨床道場】

現在の常識的には傷口の処理は水道水で洗った後、オキシドールやヨードチンキをつけて消毒をしてから絆創膏を貼ったりガーゼ・包帯などで処置をするでしょう。しかし、実際は単純な外傷であれば消毒はしない方が早く治るそうです。

石鹸などで傷口を良く洗って、消毒をしてしまうと、常在菌までも殺菌し、脂腺の分泌物を洗い流してしまい、皮膚のバランスを崩してしまいかえって化膿してしまう場合があります。

一昔前から”3倍早く治る”という絆創膏が発売されていますね。これは従来のガーゼ+テープと違ってウレタン樹脂製であり、機能としては、傷口から分泌される滲出液を吸い取りながら水分バランスを調整し、傷口を保護しながら治癒力を最大限に高めるというものです。高級品なので今まで手を出してこなかったのですが、先ほど購入しました。

おもしろいことに、この絆創膏の注意書きには「殺菌・消毒剤、軟膏などとは併用しないでください。傷を水道水などでよく洗ってください。」と書かれています。3倍早く直すためには消毒してはいけないということです。

製品として売られているものに「消毒しないように」と書かれていることと、通常の絆創膏よりも治りが早いというレビューが多いこと、それらが消毒不要説のエビデンスと言ってもいいのではないでしょうか。

北金井無線中継所が解体されてる

ものすごい地元ネタです。

山の天辺にそびえているその鉄塔はおそらくこの地域の人であれば一度は見たことがあるでしょう。

「北金井無線中継所」という名前の施設だったようで、先月中旬くらいから解体工事されています。

自分が中学生の頃、友達と冒険がてらあの鉄塔の下まで行った事があります。貯水池の脇にある林道を登り、ゴルフ場の裏を通っていくと、この鉄塔が現れます。近くで見ると物凄く大きく見えて感動した記憶がありました。

ちょっとした思い出のあるタワーなので見れなくなると思うとちょっと寂しいですね。

ググって見るとこんなページを見つけました。「NTT 北金井無線中継所 | 塔MAP ~あのタワーを忘れない~」なんというマニアックなサイト。こういうの好きです。

↑のリンクの塔MAPも閉鎖してしまった。。https://minkara.carview.co.jp/userid/2884407/blog/44229774/

ハイキング 最勝寺→浄因寺→行道山

自分の住んでいる所は四方が山に囲まれたとある町。四方が山と言っても山奥というわけでもなく、僻地というわけでもない、高速と駅がありアクセスは程ほどに良く生活に不便はしない。

この日は自室の窓から見えていた東の山を登ってきた。この山は窓の外を見るといやでも目に入る山で、小さい頃は時々望遠鏡で山肌を覗いてみたりもした。

最近山と言う山には大体登山道があるという事を知ったのでこの山も登ってみることにした。以前は見るだけだった山についに足を踏み入れる。

本当は車でもっと上まで行く事ができるが、立派な入口があったのでここから登った。

石階段は直ぐに終わってしまい、くぼみのような道になっていた。足場はざらざらした岩でグリップが良く歩き易かった。

しばらく登ると年季の入った東屋が現れた。屋根は所々腐っていて瓦が落ちていた。

しばらく登るとあたりを一望できる所が現れた。右奥に見える山が金山だ。

1256年に立てられた供養塔。

子種石。触ると授かれるそうです。

大岩毘沙門天の参道の石段。1704年当時の形のまま残っている。

大岩毘沙門天本堂。建物は1762年の再建だそうで。ここでは足利の奇祭「あくたい祭り」や「滝流しの式」が行われる。

毘沙門天の杉。秋田県の羽黒山の爺杉には叶いませんが、こちらも樹齢600年と立派。

本堂を後にして上へ。

乾いて冷たい初夏の風が心地良い。この時期の山の匂いは好きだ。

さらに上へ。

車で来れるのはここまでです。(自分は歩きで来ましたが)

ここで分かれ道が。左は階段、右は「巻道」と書いてある看板がある。おそらく山を巻き込むように緩やかに登っていくのだと信じてこちらの道を選んだ。

明らかに下っているし、途中で分かれ道があったりする。

矢印を信じて左の道を選ぶ。明らかに登ってるし間違いないだろう。

ここではGooglemapは使えない。時々看板が現れて安心する。

しばらく歩くとトロッコの線路が現れた。

どうやら浄因寺まで来たようだ。

 

まるで山城のような石垣だ。石段を登っていくと、中々エモい建物が現れた。

結構大きく立派な建物だ。ちなみに先ほどのトロッコが開通したのはここ数年らしい。こんな山奥までよく資材を運んできたなと感心する。

猫が住んでいた。

本堂裏からさらに登る。

こころなしかここは首無し地蔵が多い。

竹に書かれた文字。傷を付けることでその竹が枯れない限り半永久的に文字が残るというもの。一番古いもので1999年の書き込みが確認できた。

0.6kmとあるが、山の600mは体感で地上の2kmくらいはある。

見晴台という名だけあって見晴らしがいい。

根釈迦

まだまだ登ります。尾根っぽいところだなと思ったら、

ついに行動山(442m)の頂上に着きました。あさっての山に行かなくて良かった。

遠くに赤城山が見えます。

足利市も一望できます。

大岩毘沙門天に続いているようで良かった。

もう後は尾根を歩いて下るだけです。

ほぼ直線の尾根が終わったら連続ヘアピンで山の斜面を下ります。

どちらに行こうか迷った分岐に戻りました。終わったー。

今回歩いたルートは大体こんな感じ。